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対談「光と影と表と裏」

多くの企業の方々と関わりを持つことができる点が、私共のような仕事をする者の一つの喜びです。そのような中でも、特に人間的魅力に溢れた方々のうち何名かにご協力をいただき、数度にわたりお話を聞かせていただく予定です。・・・(続き)
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Vol.11-2
古川 明日香さん(AIG富士生命保険株式会社 人事部長)
×南雲道朋


前回に続き、古川明日香さんとの対談です。今回掲載する部分は、実力を発揮するキャリアをいかに掴み取るか、といった話題が中心です。

キー語録(Vol.11-2)
「仕事ってこうでなくては楽しくないな」ということに自ら気がついて、それとともに、「働くからにはこういう状態が誰にとっても必要なのだ」と身をもって思いました。
経営者の方がかなりお怒りになられて、怒られた経験があるのです。そのこと自体はすぐ解決したのですが、そのときのその方の目がちょっと忘れられなかったのです。
自分の中で思ったのは、働くということは、金銭的な面よりも、心が豊かになることだということです。

(南雲)
お話を伺っていると、偶然に仕事に巡り合ってきたかのようでありながら、ビジネス界の美味しいところをつかんできていますね。その会社が一番輝いて(伸びて)いた時の、一番輝いていた仕事を選んできているかのようです。人によっては、日が当たるところを無意識に避けてしまう人もいます。例えばお金のにおいがすると、「貧乏性の自分には似合わない」と思い込んで避けてしまうとか。しかし、古川さんはそうではない。

(古川)
運がよかったのだと思います。私は何も考えていなくて、マーサーが伸びているか伸びていないか、日が当たっているか当たっていないかも知らなくて、それはシティバンクに入ったときもそうだったのですが、何も考えていなくてまず出会いがあって、来てほしいと言ってくださるならお受けしよう、で、ダメだったらやめよう、というくらいの気持ちでした。でも、マーサーに入ったのはよかったと思っています。

(南雲)
当時は、一つの組織の歴史の中で、明らかに活力に満ちたフェーズにありましたね。

(古川)
そうですね。伸びていましたからね。優秀な人がたくさんいたし、すごく学べることがあって。10年いましたけど、あそこで学習したことが今すごく活きているので。ちょっとスローだったかなと自分では思うのですが、まあ自分なりのペースでは学習したし、切りがつくところまでやってよかったと思っています。

(南雲)
古川さんの、余白を少なく文字をぎっしりと詰め込む文書のスタイルとか、細かな問題提起のスタイルとか、覚えていますよ。でもたしかに、最初は骨太な感じではなかった。その後、古川さんの活躍ぶりが聞こえてくるようになったのですが、どこかで吹っ切れる機会があったのですか?

(古川)
最初は本当に苦しんでいて、自分の強みをどうやって活かしたらいいのかわからなくて、どんどん時間が経っていったのです。あるとき、自分の強みは何だろうと思ったときに、やはりクロスボーダーのプロジェクトマネジメントというのが、銀行とマーサーの共通項としてあったんですね。ただ、当時のマーサーにはまだそういうクロスボーダーな役割はあまりなかったですよね。ローカルのプロジェクトマネジメントという意味ではプロジェクトマネージャーの仕事はもちろんあったのですが、とにかくスキルもないし人事のこともわからない、ということで、最初の3年くらいはプロジェクトマネージャーをさせてもらえてなかったですね。

小さなプロジェクトを任せてもらえるようになったのは、3年か4年くらい経ってからなのですけれど、人事のことはよく知らないのに、プロジェクトマネジメントは割とサクサクとできたのです。そこでちょっとだけ、自分はやはりプロジェクトマネージャーに向いているんだと思ったのです。でもやはり、銀行時代の経験が本当に活きたのはクロスボーダーのプロジェクトにアサインされたときで、それは入社して5年くらい経ってからですね。

顔も見えない他の国の人たち、アジアもいれば欧州もいれば・・・そういう人たちと週に1回電話会議とかしながらプロジェクトを回していったりとか、時々一緒に集まってワークショップをしたりとか、そういうことをやり始めたときに初めて、過去の経験が全部つながってきたのです。銀行時代の経験とマーサーに入っていろいろ苦しみながら見よう見まねで覚えた人事の経験とがつながっていって、これは自分の力を活かせている瞬間だなと思えた時、久しぶりに会った人に「けっこう生き生きしているね」「輝いているね」とおっしゃっていただいたのです。ちょっと驚いたような顔をされて。その時に、「仕事ってこうでなくては楽しくないな」ということに自ら気がついて、それとともに、「働くからにはこういう状態が誰にとっても必要なのだ」と身をもって思いました。

(南雲)
そのような状態に至れてよかったですね。でも先ほどの話に照らし合わせると、そういう状態でもハッピーに思う人と不満に思う人がいるかもしれない。忙しすぎる等々。

(古川)
それもそうかもしれませんね。私にはその状態がすごくハッピーだったのです。

(南雲)
それは「クロスボーダーで人とやりとりをする仕事」が古川さんに合っていたから、ということになるのでしょうか?

(古川)
それが合っていたというよりは、そのような仕事の経験を20代に積んでいて、そのスキルをマーサーの仕事でも使えるのだということに気がついて、自分のキャリアの中でやっとその共通項が見つかった、ということが大きかったと思います。それまでは、全く共通項のない仕事に移ってしまったということで「しまった!」と思ったのです。何も見つけられない、だからゼロからまたやり直しなのだと。それが実はゼロからではなくて、20代に培ったスキルや経験が今の仕事にこうやって活きるではないかと。そしてふと周りを見てみると、それができる人があまり周りにいなかったので、「これって付加価値なのだ」ということに気がついて、ちょっと自信になったんですね。

でも、「クロスボーダーでの人のやりとりこそが自分がやりがいを感じることだった」というよりは、その自信を基に、「クライアントに価値を感じていただくことが自分のやりがいになるのだ」ということを感じました。クライアントが小さな会社だったら経営者の方と直接相対することができて、その経営者の方に価値を感じていただけるように頑張ろう、と思ったきっかけが何回かあった中で、そのように感じました。



(南雲)
ただ、その基となったキャリアの共通項も自分に合ったものである必要がありますよね。そこに古川さんを導いた経験、海外経験は?

(古川)
高校生の時に短期留学していたくらいで、英語はまだまだだったのですが、シティバンクにてオンザジョブで覚えた英語と、プロジェクトを回していく上でいろんな国のいろんな価値観を持っている人たちと同じ目的に向かって走っていったという経験ですね。今にして思えば、よく20代の子にやらせたなと思うのですけれど。(笑)

(南雲)
そうすると、原体験は、新卒で入ったシティバンクで、ということになりそうですね。

(古川)
大学時代は本当に何もしなかったので、原体験はやはり会社に入ってからですね。

(南雲)
留学中にこれというような経験はありませんでしたか?

(古川)
そう言われてみると、あのときはかなり人生観が変わる経験はしたので、人に感謝することとか、あのときに学んだことを原体験として、今の自分のパーソナリティが作られた面はあるかもしれません。自分で望んで行ったんですけれど、ど田舎にポーンと送り込まれて、それまで当たり前のように思っていた「言葉が通じること」とか「家族に甘えられること」とか「友達が周りにいる」ということがあたりまえでないという状態で、激しく孤独感を感じましたし、それでもなんとか10ヵ月乗り越えた経験を通じて、「なんとかなるな」という自信はできましたかね。

(南雲)
「クライアントである経営者に価値を感じていただくことがうれしい」というセンスは、必ずしも全ての人が持っているセンスではないと思うのですが、古川さんのそのセンスは、どこから来ているのでしょう?

(古川)
センスがあるかどうかはわからないのですが、マーサーを代表して行った社長報告の場で、クライアントの経営者の方にこっぴどく怒られたことがありまして。マーサーのアウトプットというよりは、一緒にプロジェクトをやっていた役員さんたちとの協議の結果のアウトプットだったのですが、それに経営者の方がかなりお怒りになられて、怒られた経験があるのです。そのこと自体はすぐ解決したのですが、そのときのその方の目がちょっと忘れられなかったのです。


創業社長さんだったのですが、その方にとっては、創業から何十年も経営してきた自分の会社なわけですよね。その自分の会社を経営している者に対し、外部の私みたいな人間から、彼にとっては適切ではないアウトプットがなされた。そのインプットをしたのが自分の直属の部下であるとわかってはいるのだけれども、それに対してものすごく悲しそうな目をされたのです。それで怒鳴りつけられたのですけれども、それがすごく忘れられなくて。やはりそういう方の気持ちだとか、実現したいことをきちんとわかった上で、直接のカウンターパートとビジネスができていなければならなかったんだ、と痛感したのです。

(南雲)
それも先ほどの「愛」ではないですが、人の感情面から呼び起こされた思いですね。

(古川)
はい。そこが足らなかったんだと思うんですね。

(南雲)
経営者を身近にして育つと経営者の気持ちがわかるようになりやすい、と思うのですが、そのような環境にあったというわけではありませんよね?

(古川)
育った家はサラリーマンの家なので経営者的な視点はなかったのですが、興味を持って本を読んだりとか、経営者の方に話を聞きに行ったりとか、そういうことでちょっと疑似体験をしようとはしていました。

(南雲)
結局、仕事というものが好きなのでしょうね。

(古川)
自分は仕事が好きだ、と認めたのが35歳くらいになってからですね。それまでは気がつかなくて、だから銀行でバーンアウトしたときも、なんで自分がここまで夢中になってしまうのかわからなかったですね。マーサーで働いていた最初の頃あまりフィットしなかったのは、自分が仕事が好きだということを認めておらず、仕事が好きではないふりをしたからだと思っています(笑)。

(南雲)
銀行でバーンアウトしたのに対して、マーサーではバーンアウトしませんでしたか?

(古川)
マーサーではバーンアウトしなかったですね。それは、その前に1年弱休んでいた期間の中で、何のために働くのかということはだいたい自分の中で整理ができていたので、その目的で働いていたからバーンアウトすることはなかったのだと思います。

あと30代の後半、マーサー時代の後半くらいになってくると趣味が増えたんですね。それまではほんとに趣味がなくて仕事だけだったのです。それが30代後半になって、仕事は忙しいんだけど「別腹」って言うんですかね(笑)、不思議と他のことにも興味が持てるようになって、趣味を楽しむという心の余裕が持てるようになりました。そこでまたバランスがとれるようになりました。

(南雲)
休んでいる間に何のために働くかの整理ができたという、その内容について聞かせてください。

(古川)
そのとき自分の中で思ったのは、働くということは、金銭的な面よりも、心が豊かになることだということです。自分のやったことについて、これが何か人の役に立っていると感じられて、それがまた自分の成長につながっている、というサイクルというのは、結局自分自身が豊かな人間になれる、そういうプロセスなのだろう、と。忙しいときも、それは必要とされているから忙しいのであって、忙しくやった結果がいい結果であればお客さんに喜んでもらえるし、それが結局自分にまた戻ってきて豊かになっていく、と。そのときはそんな結論でした。まあ自分軸で整理をしたのですけれど。今はまたそれに加えて、目的が見えてきていると感じるのですが。

(南雲)
今は、それがさらにどう変わったわけですか?

(古川)
今は、自分軸ではなくて、もう少し他人軸というか、社会的な意味での働く意義みたいなものを見つけられるようになってきていて、自分が豊かになればいい、というだけではなく、社会に貢献したいという気持ちを持てるようになりました。40歳過ぎてからですね。

(続く)

(次回掲載は、フランス系食品メーカーの文化の中で広がった人事観についてのお話が中心です。)

 

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