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対談「光と影と表と裏」

多くの企業の方々と関わりを持つことができる点が、私共のような仕事をする者の一つの喜びです。そのような中でも、特に人間的魅力に溢れた方々のうち何名かにご協力をいただき、数度にわたりお話を聞かせていただく予定です。・・・(続き)
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Vol.11-1
古川 明日香さん(AIG富士生命保険株式会社 人事部長)
×南雲道朋


今回は、AIG富士生命保険株式会社人事部長の、古川明日香さんにお越しいただきました。グローバル企業グループのHRマネージャーという仕事は、世界的に見ても女性が活躍している仕事であり、活躍したい女性にとって憧れの仕事の一つであると思います。
また、シティバンク、マーサー、ダノン、AIG富士生命と歩まれてきた古川さんのキャリアは、次を全て含んでおり、HRマネージャーのキャリアとして理想的なものと言えるかもしれません。
・ 収益責任を負うラインの第一線 + コンサルティング + 人事
・ 日本の組織 + 米国企業 + 欧州企業
・ 金融 + サービス(コンサルティング) + メーカー
キャリアを積む過程でどのような視界が開けてきたかお聞かせいただくことで、HRマネージャーを目指す多くの方にとって、とても役立つ示唆が得られると思います。
実は古川さんは、(人事のコンサルティング会社)マーサー・ジャパンの元同僚です(弊社の経営陣は元マーサー出身)。私達がHRアドバンテージを設立してマーサーを離れてからしばらくして、マーサーのことについて話を聞く時にはいつも「最近は古川さんが中核となっていろいろなプロジェクトを回しているよ」という噂を聞くようになりました。まずはそのあたりのことからお話を伺おうと思います。 第一回の掲載では、古川さんが金融の世界から人事の世界に移った時のこと、そこでどのように仕事観や人や組織の見え方、すなわち景色が変わったか、ということが主な話題です。

キー語録(Vol.11-1)
もし何か興味があることを敢えて言うとすれば、それは働くということでした。
考えたのです。どんな仕事であっても、結局は自分がどう捉えてそれに取り組んでいくか次第である、と。
その人が本当に活きる場所、やりたいこと、というツボを探すようなコミュニケーションを心がけています。その方法は、もう話すしかないと思っています。

(南雲)
新卒で飛び込まれた金融の世界(シティバンク)から、30歳になって人事コンサルティングの世界(マーサー)に移った時のことを教えてください。金融の第一線から人事の世界への転身ですよね。

(古川)
はい、その時でさえ、その後HRマネージャーをやることになるなどとは思ってもいませんでした。マーサーにはうっかり入ってしまったし(笑)、マーサーとしてもうっかり採ってしまったのではないかと思うのですけれど。20代は銀行の仕事が本当に楽しくて、クロスボーダー・プロジェクトファイナンスというのですが、色々な国の人と話をしてプロジェクトを作り込んで、その結果大きなお金が動いて、すごい達成感を感じる仕事を7年くらいやっていたのですが、しかし、新卒だったので特に自分が選んだ仕事ではなかったし、面白くてニンジンをぶらさげたお馬さんのようにパカパカ走って行ったというだけだったので、やり甲斐は感じたものの、なんだか疲れてしまったんですね。

それで、30歳を前にして、このままやり続けると多分これしかできない人になってしまうし、しかしこれが本当に自分のやりたい仕事なのかどうかわからない、と考えるようになったのです。周囲を見ているとその業界で転職している人もいるし、もちろんその世界はある意味ですごいスペシャリストの世界なので、スペシャリストとしてエッジを磨いていくという方向性もあったとは思うのですが、そこまでの覚悟がなかったのです。働くということについて特に覚悟がなく働き始めて、なんとなく楽しくて成り行きで働いていたので、自分の立ち位置をちょっと見失ってしまって、勤労意欲みたいなものがゼロになってしまいました。別に病気になったわけでもないし、胃カメラを飲んだら「きれいな胃ですねー」と言われるくらい元気でがっかりしたりしたのですが(笑)。今思うと、バーンアウトだったんですね。

結婚もしていたし、別に仕事をする理由もないと思っていたのです。それなのに昼夜なく働いている私って何なのだろう、というようなことを思うようになり、最後の2年くらいは辞めるタイミングを探していました。ただ、プロジェクトの切りが悪い時に辞めることはどうしてもできなかったので、最後に3年越しくらいのプロジェクトがやっと終わる時、「これはもうケリがついた」と決心できるタイミングだと思い、そのプロジェクトのクロージングの時に、とりあえず仕事を辞めてみようと決心しました。それが1999年の12月でした。

ただ、その時でさえ、もし何か興味があることを敢えて言うとすれば、それは働くということでしたし、私は働くのが楽しかったけれども、私の隣で働いている人は楽しいと思っていなかったということがあって、そのことを客観的に見てみると、何がその違いを生んでいるのかちょっと興味があったのです。同じ仕事をしていたし、上司も一緒だったし、それなのに、私はこんなに楽しいのになぜその人は楽しくないのだろう、と。

その違いを生むものは何かということに若干興味があったので、銀行を辞めるときに「銀行の中で他にやりたいことが本当にないの?」と言われたときに、「全くわからないけど人事かしら」と言ったことはあったのです。人事のことは全然知らなかったし、シティバンクでは入るときと辞めるとき以外は現場の人間にとって人事との接点はないので、人事とはそういうものだと思っていたのですが、ただちょっと「人」という話をしたわけです。しかし「あなたの今までのキャリアとタイトルをすぐ活かせるポジションは人事にはないです」と言われ、「他にこういう仕事はどう?」と言われた仕事はあまり興味がなかったので、それで結局辞めたのです。

何となくその時の思いをモヤモヤと持っていたので、その後11ヶ月くらい仕事をしていない時期は何をしていたかというと、社労士の勉強をしていたのです。でも無職の生活はけっこう楽しく、家でも特に立派な主婦をやっていたわけではなく、毎日が日曜日で今日何しよう、みたいな感じだったので、主人に「元気なんだし、仕事をしたら?」と言われて、マーサーの求人広告が載っている新聞を与えられて(笑)、「ここ受けてみたら?」と言われたのがきっかけだったのです。それまではマーサーのことは知らなくて、何をしている会社かもよくわからなかったのですが、募集していたので受けに行ってみました。

そのときの気持ちとしては、実は、仕事を頑張るのはもうやめようと決めていまして(笑)、私は頑張りすぎてバーンアウトしたのだからもう頑張りません、頑張らないでできることをやりましょう、というくらいの気持ちで入りました。もちろんその後、何で自分はプロフェッショナルファームに入ったんだろうと後悔することにはなるのですが(笑)。

そのようなわけでスタートダッシュは一切せずに始めたら、「人事の経験がありませんね」「コンサルタントのスキルも全くないですね」と。銀行時代には自分はわりと仕事ができると思い上がっていたのですが、あっさりと「私は一切仕事ができません」という状態になったのです。今思うと、銀行時代の仕事で学んだこととマーサーでやっていることとの接点を最初見つけることができず、自分がそれまで培ってきたものをマーサーの仕事で活かすことができなかったことが、あの時に苦しんだ理由でした。一方では、「まあそれでもいいか」と思って開き直る自分もいまして、そんなこんなで2、3年過ごしたというのが出だしの頃でした。南雲さんがおられた頃はそんな感じでしたね。



(南雲)
それにしても、次にすることとして「人」に狙いを定めて、そして「社労士の勉強」もしたのですね。

(古川)
他に思いつかなかったのですね。人事といっても全然イメージがなかったのですが、会社を辞めるのが初めてだったので、健康保険とか国民保険とかいろいろと手続きがあることに改めて気づき、個人としても役に立つかなと思い、社労士の勉強をしてみました。結局資格は取りませんでしたが、労基法とか少し勉強しましたので、後になって役に立った部分はありますね。特にワクワクすることもありませんでしたが。

(南雲)
私は仕事が楽しいと思っているけれど隣の人は楽しいと思っていない、とは、何を観察してそう思ったのですか?

(古川)
生き生き度ですね。それはパフォーマンスにも影響していたと思うのですが。それをどう表現したらいいか難しいですが、その人は不満たらたらで、私はめちゃめちゃハッピーです、と。まあそれだけの違いなのですが。

(南雲)
その違いはどこから来ていたと思いますか?

(古川)
そのことについては、マーサーに入って数年たってから、いろいろ考えたのです。どんな仕事であっても、結局は自分がどう捉えてそれに取り組んでいくか次第である、と。ハッピーでない人は多分どんな仕事に就いてもずっとハッピーでなく、ハッピーになれる仕事を探すということにはゴールがなく、永遠に探し続ける状態なのだろうな、と今は思っています。そういう人を見たときにはその人の状態を客観的に見て、「本当には何がしたいの?」「どうしたらあなたは幸せになれるの?」ということをあえて問いかけたりすることもあるので、当時いろいろ考えたことは今の仕事には活きているかなと思います。
ただマーサーに入ってしばらくは、その辺の問題意識は一旦横に置いて、どちらかというと経営目線のほうにシフトした時期が長かったですね。経営として「人事制度」をどうするのかというような仕事が最初は多かったので。

(南雲)
当時のマーサーのシニアクラスは、「戦略人材マネジメント」を標榜して(笑)、主にそういうことをやりたがっていましたからね。

(古川)
そうですね。当時私は何も知らなかったので、そこを学ばなければいけないのだ、コンサルとはそういうものなのだと、最初はそう思っていました。

(南雲)
しかし、やる気をいかに引き出すかということこそ人事の永遠の課題ですね。今、そのような課題を目の前にして、何をされようとしていますか?

(古川)
今の仕事をしていて、銀行で目撃していたこととか、マーサーに入って自分自身が苦しんだ経験とかは全く無駄にはならないのだなと思うのは、まずは私がその人に100%の興味を持って、いろんな制約はある中で、その人のためにどういう結論を下すのがベストなのか、というのを考えようとする時ですね。その人から今どんな「景色」が見えているのか、真っ暗闇にいるのか、何かちょっと光が見えている状態なのか、その方のどこを刺激するとどういう良い作用が起きるのか、そのツボみたいなものは誰にでもあると思っており、例えば、パフォーマンスが悪く「これから会社でどうするの?」みたいなことを話す局面でも、その人が本当に活きる場所、やりたいこと、というツボを探すようなコミュニケーションを心がけています。




の方法は、もう話すしかないと思っています。とはいっても、もちろん会社としての制約条件はありますので、それははっきり伝えなければなりませんが。「あなたの進路のオプションはこれと、これと、これしかありませんが、どうしますか?」と。

(南雲)
リクルートワークス研究所の石原直子さんから聞いた話ですが、GEの米本社の組織開発のマネージャーは、人事は愛だと言っていたそうです。

(古川)
私もそう思いますよ。それは相手にも伝わりますしね。愛のない人事は存在意義がないと、何となく思ったりします。

(南雲)
石原さんは、その背景として、GEは人を活かすことに賭けている企業だから、とも言っていましたよ。

(古川)
共感できます。そのようにすると活きる人が出てくるんですよね。そうではないアプローチをすると、活きるはずの人が死んでしまったりします。それは会社としてももったいないと思うんですよね。別にそれはヒューマニズムからではなく、経済合理性を考えてもそちらのアプローチのほうがおそらく大きなアウトプットが出ると思っています。銀行でお金を扱っていたときと今人を扱っているときの一番の違いはそこかなと思っています。お金には愛は通じないので(笑)。

 

(続く)

(次回掲載は、実力を発揮するキャリアをいかに掴み取るか、といった話題が中心です。)

 

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