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対談「光と影と表と裏」

多くの企業の方々と関わりを持つことができる点が、私共のような仕事をする者の一つの喜びです。そのような中でも、特に人間的魅力に溢れた方々のうち何名かにご協力をいただき、数度にわたりお話を聞かせていただく予定です。・・・(続き)
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Vol.4-1
西村隆氏
(朝日ビール(中国)投資有限公司 総務部長)
×相原孝夫


西村さんとは結構長くお付き合いをさせて頂いており、おそらく10年近くになるのではないかと思います。最初にいつどのようなきっかけでお会いしたのかは忘れてしまいましたが、第一印象だけはなぜかはっきりと憶えています。お会いしてすぐに、アサヒビールさんの風土の良さをそのまま感じられるような人柄の人だなぁ、と思ったものです。その後、何度も情報交換をさせて頂き、多くの学びをいただきました。

現在は、上海の朝日ビール(中国)投資有限公司に出向され、中国代表機能を集約された同投資会社の総務部長を務めておられます。西村さんから、上海の中国代表部へ転勤することになったとお聞きしたのは、たしか2009年の8月でした。早いものでちょうど2年が経ちます。これまで、ほとんどご帰国されることなく、現地での職務に邁進されておられますが、今回はご無理をお願いし往復書簡形式にて、上海のご様子やご自身のこれまでのキャリア等についてお聞かせ頂けることとなりました。人事パーソンの海外転勤ということについてご関心の高い方も多いものと思いますので、ぜひご一読頂きたいと思います。


キー語録(Vol.4-1)
中国事業の根幹を担う中国人社員のモチベーションを高め、力を存分に発揮してもらえるようにして来い!
日本語の出来る特定の人とばかり会話をしてしまうことを良しとしたくない思いと現実との間でストレスも生じました。
中国語でバカ話が出来るくらいになると、それまで見えなかったものがいろいろと見えてくるようになります。
コミュニケーションがとれるようになってくると、海外に住んでいるという認識が薄くなります。慣れるというのはそういうことかもしれません。
自分の認識上は、東京にいる時とそれほど変わらずに仕事をしています。私生活も、日本にいる時とほぼ同じように生活しています。

 

(相原)
西村さん、この度は誠に図々しいお願いをお聞き頂きまして、誠にありがとうございます。対談をお願いするうえでは、上海までお伺いするのが礼儀かとは思いましたが、往復書簡形式というのも、今の時代にそぐわずかえって新鮮でよいかと思い、勝手なお願いをしてしまいました。勝手ついでに、興味本位でいろいろとお聞きしていきたいと思いますので、ぜひよろしくお願いします。
さて、初回の今回は、上海への転勤が決まった時から、これまでの状況やご印象について、まずはお聞きしたいと思います。


上海転勤の辞令を受けられた時の率直なご感想はどのようなものでしたでしょうか?

(西村)
相原さん、ご無沙汰しております。
今回のインタビューの件、どうもありがとうございます。なかなか日程がとれず、メール形式での回答となりますこと、ご容赦ください。

さて、上海への転勤ですが、実は自身で希望していたこともありまして、ワクワク感の方が大きかったように思います。人事部の時に海外駐在者の窓口業務も行っていたので、それほど不安もありませんでしたただ、やはり言葉の問題や生活に慣れることが出来るかどうか・・・という点もありまして、赴任日が近づくにつれ、何とも言えぬ不安感が沸いてきたように記憶しています。赴任前日の夜に妻と外食しましたが、ふと東京の夕焼けを見上げて、当分この夕焼けをみることはないんだろうなあ・・・と思ったりしました(笑)。

(相原)
上海へ行ってみて、まずは生活面で、当初の印象はどのようでしたでしょうか?

(西村)
上海には既に行ったこともありましたし、中国のその他の都市も行った事があったので、それほど想像とのギャップはありませんでした。街の喧騒や混雑感、エネルギー感等は、まあ想像もしていましたので、それほど気にもなりませんでしたし、まあ予想どおりでした。むしろ、上海は非常に発達した街ですので、赴任当時でも、生活は非常に便利そうだと思いました。あとは中国語ができるようになれば、相当生活しやすいだろうなあと感じました。

(相原)
どのようなミッション、役割で行かれたのでしょうか?

(西村)
総務や人事等の業務を中心とした管理部門を担当するという認識で赴任しました。具体的には行ってみないと・・・という感じだったと思います。当時上司であった人事部長からは、当社の中国事業の根幹を担う中国人社員について、彼ら彼女らのモチベーションを高め、力を存分に発揮してもらえるようにして来い!といわれました。

(相原)
上海で仕事を始められてみて、当初の状況や印象はどうでしたでしょうか?ご苦労された点など。

(西村)
まずはやはり中国語ですね。仕事面は今までの経験もあるので、何とかやっていけるだろうと勝手に思っていましたので(笑)。

社内は日本語が堪能な中国人社員が多く、基本的には日本語で業務を進められるのですが、当然日本語が出来ない中国人社員もいますし、自分の部門にもそういう社員はいます。

言葉ができないと、それこそ備品や書類の在り処をうまく聞くことも出来ないといった簡単な躓きもありますし、日本語の出来る特定の人とばかり会話をしてしまうという状況になってしまいます。そういったことを良しとしたくない思いと現実との間で少なからずストレスも生じたりしました。

実は、赴任当初半年の間は本社の方針もありまして、ありがたいことに午前中は中国語の勉強に専念させてもらえました。周囲には少し迷惑をかけてしまったかもしれませんが、その後のことを考えれば、結果として良かったように思います。中国語をぺらぺら話すレベルにはなかなか達しませんが、バカ話が出来るくらいになると、それまで見えなかったものがいろいろと見えてくるようになります。

(相原)
その後、状況や当初の印象はどのように変化したでしょうか?

(西村)
生活に慣れ、仕事に慣れ、言葉にも慣れてくると、生活はますます便利に感じられるようになりましたし、仕事の面で自分が取り組むべき課題も見えてくるようになりました。社内・社外の関係者に協力を求めることもできるようになりましたし、日本語が出来ない社員の考えや思い等も何となく聞き出せるようになりました。 そうなると、正直に申し上げて、海外に住んでいるという認識が薄くなります(社内に日本語が出来る中国社員が多いのと、上海の街自体に日本人が多いこともありますが)。慣れるというのはそういうことかもしれませんが、仕事しやすい状況になりましたし、この会社や上海という街がますます好きになってくるようになりました。

(相原)
最近の仕事面、生活面のご様子をお聞かせください。

(西村)
仕事面では、総務部長ということではありますが、実は総務部は私と部下2名の3名体制という非常にこじんまりとしたものです。そういう意味では非常にコミュニケーションもとりやすいですし機動力も発揮しやすい状況にあります。心がけているのは、メンバーと課題を共有し、一緒に解決策を検討し、一緒に実行に移しくようにしていること、メンバーに自身の経験や考え方を伝え、極力一緒に議論できるようにしていくことです。まだまだ至らない面もありますが、継続して努力しております。

全社的には、社員育成が非常に重要であるという認識を総経理と共有できているので、現在その点に多くの時間を割いています。いずれにせよ、自分の認識上は、東京にいる時とそれほど変わらずにやっています。部のメンバーの一人は日本語ができないので、部内ミーティングは何とか頑張って中国語でやっています。私のあやしい中国語を何とか聞いて理解しようと怒力してくれていますので、メンバーには感謝感謝です。

生活面では、生活上の中国語はあまり不便を感じなくなりましたし、上海は物資も豊富で交通インフラも整っていますので、非常に快適に生活できています(まあある程度の不自由さには慣れてしまったという面もあります)。

(前列右が西村氏)

平日は仕事後飲みに行くことが多いですが、週末は妻と散歩したり買い物したり、日本にいる時とほぼ同じように生活しています。連休には中国国内の旅行に行ったりもしています。

せっかくのチャンスなので、日本に居てはなかなか行けないところに行ってみようと思っています。悩みがあるとすれば運動する機会が減っているということでしょうか。悩みというより自身の努力の問題ですが。健康にはしっかりと注意しなければいけないと思っております(実際はその逆の行動が多いのですが・・・)。


(つづく)

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