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対談「光と影と表と裏」

多くの企業の方々と関わりを持つことができる点が、私共のような仕事をする者の一つの喜びです。そのような中でも、特に人間的魅力に溢れた方々のうち何名かにご協力をいただき、数度にわたりお話を聞かせていただく予定です。・・・(続き)
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Vol.1-1
山崎正晴さん(横河電機株式会社 執行役員 人財本部長)
×相原孝夫

初回の今回は、10年来のお付き合いであり、同世代でありながら深く尊敬する山崎さんにご登場願えることになりました。 山崎さんには、仕事上のお付き合いのない時期でも、また、人事とはまったく違った部署におられた時期にも、時々話をしに行きたくなり、その都度ご面談の機会をいただいて来ました。若くして人事担当役員となり、多忙を極める山崎さんですが、今回、趣旨をご理解いただき、「お役に立てるなら」と快くお受けいただきました。

キー語録(vol1-1)
上司に恵まれたと思います。
周りに育てられたという気持ちが強いです。
うまくいったことはあまり憶えていません。
うまくいかない時のほうがアドレナリンがでます。
対談

(相原)
この度はありがとうございます。恐縮ながら、今回のみではなく、何度かお時間をいただきたいと思っておりますので、ぜひよろしくお願いいたします。

私の場合、ハイパフォーマー分析がライフワークのようなものなので、そういう観点から、今回は、仕事上ではあまり聞けないあたりも含めて、本質的なところからお聞きしたいと思っています。どちらかといえば、コンピテンシーインタビューのような内容になってしまうかもしれません。

まずは、改めてご経歴からお聞かせください。

(山崎)
入社当時は人事労務に配属になり4年くらい修行して、その後、国内の関連会社と合弁会社をつくり、その会社の立ち上げに参加して、そのまま出向しました。立ち上げ時は規模も小さかったので、経営企画から、人事、総務、営業、生産の手伝いなど、何でもやりました。

その後、出向から戻って「制御」分野の営業に配属になりました。国内営業が主でしたが、その頃は海外進出されるお客様が増えてきた時期だったので、海外も少し携わりました。

5年ほど営業に携わった後、本社に戻り、90年代の終わり~2000年にかけて人事企画を担当しました。その後、中国に新会社作って、日本から生産を移管することになり、中国新会社の立ち上げを担当し、蘇州へ赴任しました。土地探しからはじめ、工場を建設して、日本から生産を移管し、会社運営をしていくまでのすべてを担当したので、なかなか面白かったです。

3年間の中国赴任を経て、原価企画本部に帰任し、コストダウンに関係すること全般を担当しました。その後、J-SOXの導入を担当し、去年からまた人事に異動して、現在に至っています。

上司に恵まれたと思います

(相原)
ハイパフォーマーは、いずれかの時点で何らかのきっかけを得て、仕事に対する考え方や取り組み方が確立し、ハイパフォーマーに変貌していくケースが多いわけですが、山崎さんの場合、何かきっかけはありましたか?

(山崎)
今から振り返ると上司に恵まれたと思います。特に、入社直後に人事労務を担当した時の上司や、国内関連会社立ち上げ時の社長だった上司、営業の時についてくれた上司など、節目節目で上司に恵まれたと思います。いずれも社内でも個性が強く名物的な方々でした。

(相原)
コンピテンシーインタビューをしていて、ハイパフォーマーとアベレージパフォーマーで答えが大きく異なる質問の一つが実は、「これまでに大きな影響を受けた上司はいますか?」というものです。ハイパフォーマーの多くは、即答で2,3名の名を挙げて、どんな影響を受けたかを目を輝かせて話すのです。

さてそれでは、どんな上司であって、どんな影響を受けられたかをお聞きしたいと思います。

(山崎)
当社は体育会出身者が多い会社ですが、最初の上司は大学のラグビー部の監督をしていた人で、私もそうですがその人も、何も言わなくても「なにか運動やってたんですか?」といわれるようなタイプでした。その上司からは、「縁を大事にしろ」ということを学びました。連結で2万人くらいの会社ですが、定年まで勤めても仕事で関われる人間の割合はごく限られているわけです。本当に限られた人間としか関わることができません。入社直後に言われた「縁を大事にしろ」という言葉は、今でも生きています。まったくそのとおりだと思っています。

合弁会社立ち上げ時の社長だった上司は、高名な薩摩藩士の子孫で、とても気合の入った人でした。この人からは学んだことは、リーダーシップですね。しゃべらないし、細かいことは気にしない。それでいて自然と組織が治まっていく。「坂の上の雲」の東郷平八郎を彷彿とさせる人でした。細かいことは言わないが、いろいろ大切なことを教えていただいたなと思います。

周りに育てられたという気持ちが強いです

対談

(相原)
もしそうした上司とめぐり合わなかったら、今のような仕事スタイルは身につかなかったのでしょうか?

(山崎)
他の上司とやり直せるわけではないのでよくはわかりませんが、人事的にいうと、育ったとか、自分で掴み取ってきたというより、「周りに育てられた」という気持ちが強いですね。おそらく、違う上司であったとしても、それは変わりなかったと思います。

(相原)
なるほど、フォロワーシップというのかどうか分かりませんが、他者から学ぶことができる人は、誰からでも学べるのでしょうね。

「教えない育成法」というものもあると聞きますが、先ほど二番目にご紹介いただいた上司など、まさにその典型であろうと思います。何も言わないわけですから、学べない人は何も学べないかもしれません。

うまくいったことはあまり憶えていません

(相原)
次に、これまでの成功体験、または成し遂げた大仕事ということでは、どのようなものがありましたでしょうか?

(山崎)
生産財を扱っている会社なので、個人のパフォーマンスがどれくらい影響するかというのは私も自覚もなくて、会社の中でも見えづらいところがあるのですが、大仕事ということではないんですが、たまたま新しい分野や全社プロジェクトに携わる機会を得られたという、そういう縁はあったと思います。

うまくいったことはあまり覚えていないですね。失敗したことも多く、特に立ち上げに関わる時などは予定通りにいかないことが多いですが、そういうことの記憶の方がむしろ多いと思います。

特に中国は、日本の工場を閉鎖して主力の製品を移管したのですが、工場閉鎖の前に高度技能者が退職してしまったり、いろいろ想定外のことが重なり、移管は必ずしもスム-ズに進みませんでした。当社の主力製品ですので事業存亡の危機という感じで、日本から200人くらいリカバリーに来てもらったりした。そういう時のことが印象に残っています。また、そういう時に一緒にやったメンバーが、戻って来ても毎年集まっていたりします。失敗を大事にしなきゃいけないなと思ったりします。

(相原)
うまくいくためにどうするか、ということより、失敗した時にどうするかというのが確かに重要ですよね。うまくいかない時の耐性、経営陣もそのあたりを見て配置しているのではないでしょうか。山崎さんは、うまくいかない時にどんな気持ちで乗り切るのですか?

(山崎)
思い返してみると、中国赴任時、総経理の立場でしたので、1000人以上の中国人社員に対して話をしたりするわけですが、通訳を通してですが、日本語で話していると、言葉に出すと気恥ずかしくなるような言葉が多かったです。事業への献身とか、責任感、使命感、不屈、といったちょっと気恥ずかしくなるような言葉が、そういう状況の時ははまるんですよね。海外で日本に目覚めたりする、ということがあるように、うまくいかない時に事業への執着に目覚めたりするということがあるんですね。

うまくいかない時の方がアドレナリンが出ます

(相原)
ところで、やりがいはどんな時に感じますか?

(山崎)
いろんなケースがありますが、どちらかというと、うまくいっている時よりも、うまくいかない時の方が、なんというかアドレナリンが出るというところがあってですね、色々、うまくいかないから面白いのだと思います。今はもう、意思決定と問題解決の集合体で毎日仕事やっているようなものですが、たぶんそういうことが好きなのだと思います。

(相原)
重い責任の中で、ハードルをクリアしていくプロセスが好きなんですね。

対談

(山崎)
サッカーをやっていたので、これは私の中で大きな位置づけですが、サッカーで学んだことを仕事で活かしたり、その逆もあります。「個人というより、集団でやる。勝ち負けがはっきりしている。監督の色がすごく出る。国民性もすごく出る。いわば就業している人の色が出る。」といったことがサッカーの面白さですが、仕事の世界でも同じです。個人というより、集団で動いていくというところに面白みを感じています。

(相原)
本格的になさっていただけに、サッカーの影響は大きいのですね。

(山崎)
間違いなく大きいです。

(相原)
うまくいかない時の方がアドレナリンが出ると言われましたが、企業が採りたい人材そのものだと思います。そういうものは、生い立ちに拠るところが大きいのでしょうか?

(山崎)
それは経験でも養われると思います。中国に行った時も、場所が決まっただけ、というところに放り出され、通訳探しから始めました。そして事務所を借りて、最初は、仕様がないから、ぼぉーっとしている。管理委員会があって、そこに行き、開放している部屋でタバコを吸ってぼぉーっとしている。すると何もないのがつまらなくなってくる、必要に迫られてアクションを起こすようになる。

サッカーでもベンチにずっといると、闘争心が出てきて、「絶対試合に出てやる」という意欲が湧いてくるものです。常にハードワークというのは良くないのではないでしょうか。たまに「干してやる」と、そういうマインドが出てくるのではないかと思います。(続く)

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