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  4. 【コラム】第81回 「割れ窓」理論と職場でのあいさつ
コラム

「割れ窓」理論と職場でのあいさつ

職場状況の良し悪しの一つの目安は、あいさつに表れるといってもよい。もうすぐ新入社員教育の季節となるが、学校生活での生徒への躾のようでもあり、当然のことではあるが、「あいさつをきちんとしましょう」ということは必ず言われることの一つだ。「気持ちのいいあいさつの仕方とは」などのマナー教育も多い。経営者の中には、「一にも二にもあいさつ。あいさつが変われば人生が変わる」というまでに、あいさつを重視される方もいる。なぜこれほどまでに、職場において「あいさつ」が重視されるのか。

話は変わるが、ニューヨーク市の犯罪率を劇的に低減させたことで有名な「割れ窓」理論というものがある。『急に売れ始めるにはワケがある』(マルコム・グラッドウェル)に詳しく記されているが、1992年、ニューヨーク市では2000件を超える殺人事件が起こり、約63万件もの重罪事件が起こった。ところがその5年後、殺人事件の発生件数は64.3%も減り、重罪事件もほぼ半分に激減していた。殊に地下鉄では、1990年代の初めと終わりとでは、重罪事件の発生は75%も減ったのだった。いったい何が起こったのか。

地下鉄公団は数十億ドルの予算を費やして地下鉄の落書き清掃作戦に取り組み、地下鉄警察は地下鉄内で頻繁に起こる重罪事件への対処として無賃乗車の撲滅に取り組んだのだ。もっと大きな犯罪問題に対処すべきであって、これらは完全に的外れだとの批判が多かったにも関わらず、結局、これらの対策により重罪事件はみるみる減っていった。そして、93年にルドルフ・ジュリアーニがニューヨーク市長に当選すると、同じ戦略を市全体に展開した。交差点に停まっている車の窓を拭いて金を要求する行為や公共の場所での泥酔、ゴミのポイ捨てなどの「生活環境犯罪」を厳しく取り締まるようになった。そして、市内の犯罪は、地下鉄の場合と同じように激減していったのである。

この劇的な成功を支えたのが、犯罪学者のジェームズ・ウィルソンとジョージ・ケリングが発案した「割れ窓理論」だった。割れたまま修理されていない窓があると、無法状態の雰囲気が周囲へ伝わり、犯罪の呼び水になるという考え方だ。重罪犯罪そのものに取り組むのではなく、軽微な犯罪を取り締まることで、「犯罪がうまくいきそうだというサイン」を減らし、そのことによって街や地下鉄に秩序の感覚が出てくる。それにより犯罪に走りづらくなるというものだ。よく言われる「小さなことの積み重ねが大きな成果を生む」というのに似ているが、その小さなことというのは何でもいいわけではなく、効果的な介入ポイント、システム思考で言うところの「レバレッジ・ポイント」となり得る点である必要がある。

マルコム・グラッドウェルは「背景の力」と言っているが、犯罪が多発する所では犯罪を起こしやすい背景が、治安の良い所では犯罪を起こしづらい背景があるのだ。ディズニーランドではゴミのポイ捨てがしづらいのも「背景の力」といえるであろう。ディズニーランドではさらに、パーク内のささいな傷をおろそかにせず、ペンキの塗りなおしや破損箇所の修繕を見つけ次第頻繁に行うことで、従業員や来園者のマナーも向上させることに成功している。結局、環境によって行動が規定されるということだ。

さらに話は飛ぶが、子供がまだ小さい頃、外食へ連れて行く度に大騒ぎしてしまうので、できるだけ迷惑にならないように小さな子供OKのお店を探して行くようにしていた。しかし、そういうお店では他の子供たちも騒いでいるので、うちの子もさらに拍車が掛かって騒いだものだった。ある時友人に誘われて、ラグジュアリーホテルのレストランへ行ったことがあった。「ホテルだから小さい子供ももちろんOK」と友人は言ったが、それはうちの子を知らないから言えるのだと思いつつ、憂鬱な気分で出かけて行った。しかし、その心配をよそに、終始見違えるほどにいい子にしていたのである。たいへん豪奢な雰囲気で、ピアノが鳴っており、他の来ている子供たちもいっさい騒いだりしていない。そういう背景のもとでは、さすがに騒げなかったのであろう。 

さて、話がだいぶ逸れたが、ようやく冒頭の職場でのあいさつの話に戻す。あいさつのない職場の場合、そのことはどのようなサインを発するであろうか。互いに無関心であり、他人のやっていることにいちいち興味など持たない、互いに結びつきは弱い、または人間関係が悪いといったサインを発するのではないだろうか。新入社員などはそのようなサインを敏感に感じ取るに違いない。そういう中では、集中して仕事をしていなくても誰にも咎められたりはしない、サボっていても大丈夫という感じになるのではないだろうか。決して生産性の高い職場とはならないであろう。一方、互いにきちんと挨拶を交わす職場では、きっと新入社員の側からしても、きちんとした品質の仕事をしなければならないな、「報・連・相」もしっかりしないといけないな、納期は確実に守らないといけないな、という感じになるのではないだろうか。

あいさつは職場状況のバロメーター、つまり、レバレッジ・ポイントである可能性が高い。なぜなら、あいさつは、コミュニケーションの状況が端的に表れるポイントともいえるからだ。あいさつのない職場でコミュニケーションが豊富であることはあり得ない。コミュニケーション量とチームの生産性は当然ながら相関関係にある。であるならば、職場でのあいさつの有無は職場状況を反映しているといってもよい。以前はしっかりあいさつがなされていた職場で、徐々にあいさつがなされなくなるような場合、やはりそこには何かしらの悪循環が働いているのだ。コミュニケーションが悪い職場において、急にコミュニケーション量を増やすことは難しい。徐々に好循環をつくり出していくための介入のポイントの一つは、あいさつなのだ。「あいさつ、あいさつ」という経営者の方々は、経験的にそこに重要性を見出しているに違いないのだ。



プロフィール

元マーサージャパン株式会社 代表取締役副社長。マーサー社ではコンピテンシーに基づく人材の評価、選抜、育成および組織開発に関わるプロジェクト、日系企業海外現地法人の現地化推進等のコンサルティングのほか、コンサルティングノウハウのITプロダクト化、提携戦略等による新規事業開発に従事。現在は、継続性と実効性を確保できるマネジメント手法の開発および普及に力を注ぐ。著書に、『会社人生は評判で決まる』(日本経済新聞社)、『コンピテンシー活用の実際』(日本経済新聞社)、『チームを活性化し人材を育てる360度フィードバック』(共著、日本経済新聞社)、『図解戦略人材マネジメント』(共著、東洋経済新報社)ほか。日本人材マネジメント協会(JSHRM)幹事等を歴任。

写真:南雲 道朋(なぐも・みちとも)
株式会社HRアドバンテージ代表取締役社長
相原 孝夫(あいはら・たかお)

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