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  4. 【コラム】第69回 「左遷人事」について
コラム

「左遷人事」について

もうすぐ人事異動の季節である。先日、ある一般紙の記者の方に、「左遷人事」に関する取材を受けた。人材マネジメントを専門にしているとはいえ、“左遷”ということについてよくよく考えてみたことはなかった。この機会に改めて考えてみて、まず思ったことは、実際には“左遷”ではないことの方が多いのではないだろうかということだ。「左遷された」とか「飛ばされた」とか「干された」など、人はよく言いたがる。当人も自分で自分のことをそう言いたがることもある。いわば“不遇自慢”だ。“病気自慢”と同じような心理状況であろうか。「そんな状況はまだ恵まれているよ」なんていう慰めの言葉を求めているのかもしれない。

しかし、当人がたとえそう思っていたとしても、実際にはそうでないことも多いと思われるのだ。たとえば、入社以来ずっと本社の中枢部門にいた人などは、どこへ異動になっても、たいていはそのような思いを持ってしまいがちだ。極端な例としては、間逆のケースすらある。たいへんに有望視されている人について、会社として現場経験を積ませようと、営業の第一線などに異動させることがある。しかし、そのような意図を伝えることはむしろ少ない。未知の分野でうまくやっていけるかどうかを見極めたいという意図もあるため、「君のことを有望視しているから、現場経験も積んでもらいたい」なんていうことはあえて伝えない。すると、当人は「なぜだ?」、「なぜあいつじゃなくて、自分がこんな不遇な目に遭わされるんだ」などと思ったりする。そして、なぜだろうかと考えを巡らし始める。「あの時、上司に意見したことがやっぱりいけなかったのだろうか」とか、「自分の実績に上司が嫉妬しているのではないか」、「同僚の誰かが足を引っぱるようなことを言ったに違いない」等々、勝手に想像を膨らませ、ますます“左遷”との確信を深めていく。そのような観点で考え巡らしてみれば、組織の中で働いている以上、誰しも思い当たるふしの一つや二つはあるものだ。

仮に業績が振るわなかったとか、チームのリーダーを任されたがメンバーをまとめられず、チーム業績を落としてしまったなどの理由があって多少軽めのポストに異動になったとしても、また立場を替えてチャンスが与えられるわけである。それは果たして左遷なのであろうか。八百屋や魚屋などの個人商店をやっていれば、そこで買ったものを食べて食あたりになった等の噂が立ち顧客の信頼を失ったら、即商売が存続できない状況に追い込まれかねない。会社員の場合には、顧客の信頼を失うことがたとえあったとしても、それでクビになることはまずない。降格になることもほとんどない。評価が下がったり、せいぜい横すべりでの配置替えになる程度だ。相当に恵まれた環境にあるわけである。

「左遷された」と思ってしまう背景には、多くの場合、自分への「過剰評価」があると思われる。自分への「過剰評価」は誰しも当たり前にあるが、人によってその思い込みの差は大きい。何らかの失敗があったとしても、「あれは仕方がなかった。誰がやっても同じ結果を招いたに違いない。自分だったからこそあの程度で留めることができたのだ」と自分の中で盛んに自己弁護をする。一方で成果が挙がった場合には、それがたとえ小さな成果であったとしても、「一見小さな成果に見えるが、実は会社全体にとってたいへん大きな意味を持つ成果だ。自分のこれまでの努力の積み重ねの結果だ」と今度は盛んに自己賞賛をする。このような人の場合、明らかに上のポジションへの異動でもない限り、「左遷された」と思ってしまいがちである。自分を客観視することは難しい。拙著『会社人生は「評判」で決まる』の中で、評判の悪い人を3タイプに分けて論じた。自分の実力を誤認している「ナルシスト」、自分のことはさておき他人のことをとやかく言いたがる「評論家」、自分の立場を理解していない「分不相応な人」。共通しているのは、自分のことを客観視できていないということである。

いずれにせよ、当人にとって不遇と思われる状況に直面することは、単に辛いだけのことなのだろうか。当ホームページ上でも対談シリーズがあるが、ご活躍されている方々に話を聞く中で、「あの経験がなかったら、今の自分はなかった」ということを聞くことは多い。「あの経験」というのは、もちろん順風満帆で楽しかった経験ではなく、まず間違いなく辛かった経験である。不遇な状況の中で、何とかかんとか頑張ったというような経験だ。そこでの経験やそこで養われた実力が後々活きているということだ。そもそも、経営者の立場として、どういう人に重要な仕事を任せるかと考えた場合、挫折もなく順風満帆に来た人には任せづらい。困難な役割であればあるほど、壁に突き当たることが多いことは目に見えているからだ。

「希望学」という分野を開拓されている東京大学の玄田有史教授が、挫折に関する興味深い調査結果を公表している(『希望のつくり方』岩波新書)。30歳から59歳の回答者のうち、最初の5年以内に何らかの挫折を経験したかどうかで、働く人々を三種類に分類している。「挫折を経験しなかった」およそ五割の人、「挫折を経験して乗り越えられなかった」およそ一割の人、「挫折を経験して乗り越えてきた」およそ四割の人。この三種類のうち、現在希望を持って仕事をしている割合が圧倒的に高かったのが、挫折を乗り越えた経験のある人であり、他の二種類は同じ程度で低い水準だったということである。なぜこのような結果となっているのであろうか。今後の長い職業人生の中で、挫折を味わうようなことはきっと何度かあるであろうと、おそらく誰もが思っているであろう。そうした場合、挫折を克服した経験のある人たちは、また挫折するようなことがあってもきっと大丈夫、なんとか対処できる、と思えるからではないだろうか。


プロフィール

元マーサージャパン株式会社 代表取締役副社長。マーサー社ではコンピテンシーに基づく人材の評価、選抜、育成および組織開発に関わるプロジェクト、日系企業海外現地法人の現地化推進等のコンサルティングのほか、コンサルティングノウハウのITプロダクト化、提携戦略等による新規事業開発に従事。現在は、継続性と実効性を確保できるマネジメント手法の開発および普及に力を注ぐ。著書に、『会社人生は評判で決まる』(日本経済新聞社)、『コンピテンシー活用の実際』(日本経済新聞社)、『チームを活性化し人材を育てる360度フィードバック』(共著、日本経済新聞社)、『図解戦略人材マネジメント』(共著、東洋経済新報社)ほか。日本人材マネジメント協会(JSHRM)幹事等を歴任。

写真:南雲 道朋(なぐも・みちとも)
株式会社HRアドバンテージ代表取締役社長
相原 孝夫(あいはら・たかお)

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