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  4. 【コラム】第65回 長時間労働について
コラム

長時間労働について

これまで何度かモチベーションについて述べてきた。モチベーションが高いという状態は一般的に望ましい状態を意味するわけだが、何事も行過ぎれば副作用が生じる。モチベーションも個人の心の問題であるだけに、行過ぎれば「職場のうつ」など、メンタル上の問題に結びつきかねない。うつになる場合、ほとんどはその背景に長時間労働があるという。モチベーションが高過ぎる場合、長時間労働が常態となり、ともすると仕事中毒にもなりかねない。特に、会社組織の中では集団意志ともいえる“同調圧力”が強く働くため、自らのめり込んでいき、そこから抜け出せなくなるということが起こりやすい。このほか、パワハラの問題などもモチベーションとは紙一重といえる。今回はまずは、長時間労働について述べたいと思う。

仕事依存症(ワーカホリック)は、仕事に打ち込むあまり、家庭生活や自身の健康などを犠牲とするような状態を指す。その結果として、家庭崩壊や過労死といった事態を招くこともある。仕事依存症は、アルコール依存症やギャンブル依存症と同様の病気である。欧米では、古くから「人はまず家庭にあり、その対価を得るために仕事がある」という個人主義の価値観があり、また日曜日を安息日とする宗教的な背景もあり、仕事に埋没する姿勢を「ワーカホリック(workとalcoholicの合成語)」と表現して忌避した。一方、日本では、高度経済成長期に家庭を顧みず会社のために毎日遅くまで仕事をし、休日も取引先との「接待ゴルフ」などに費やすワーカホリックが増加した。こうした状況は、米国などから「エコノミックアニマル」と批判され、いったんは時短の動きが見られたものの、その後、業績低迷によるリストラ等の影響で人員数が減少し、再び長時間労働の方向へと向かった。

長時間労働を続けている本人は「仕事熱心で何が悪い」と思っていることも多い。しかし、この考え方自体が仕事依存症の特徴であるという。たとえば、
・家に仕事を持ち帰る
・休日も仕事のことを考える
・仕事以外にすることがない
・仕事を他の人には任せることができない
・仕事以外の話をほとんどしない
など、一見、仕事へのモチベーションがすこぶる高い人のようではあるが、これらの症状がある場合、仕事依存症の疑いがあるという。結局、高モチベーション人材と仕事依存症の人とは紙一重であるということになる。

仕事依存症になると、仕事をしていないとイライラするようになり、休日でものんびりと過ごすことができなくなる。そのため、必要に迫られない状況でも休日出勤をしたり、家に仕事を持ち帰ったりする。つまり、仕事をすることで不安感を払拭し、安心感を得ているわけだ。しかし、いつも仕事している状態なので、心身が休まるということがない。その結果、体に変調を来たしたり、うつ病を発症してしまったりする場合もある。また、仕事に没頭するあまり、当然ながら家庭生活は疎かになる。夫婦の会話がなくなるので、夫婦間に不和が起きる。子供との時間も持てないため、母子家庭のような家庭環境になってしまったりする。仕事にのめり込む仕事依存症は、アルコール依存症とは違い、周囲の人に迷惑はかからないと思われがちだが、家族をはじめ確実に迷惑が及んでいる。職場での態度や口癖が家庭でも出るという人も多い。一種の職業病だが、仕事依存症の人などは、家族に対しても「結論から言え、結論から!」と、まるで部下に対する態度と同じになってしまったり、話が論理的でないことに腹が立ってしまう人までいるという。

もちろん職場の同僚にも迷惑は及んでいる。寸暇を惜しまずに自己犠牲的に働いてくれる人がいると助かるだろうなと思うかもしれない。しかし、そのような人が近くにいた経験のある人ならば分かると思うが、周囲の人たちも同じように気が休まらなくなる。仕事依存症の人は、たいてい常にイライラしているので、周囲に不機嫌を撒き散らしていることになる。それは職場の風土を乱し、生産性を低下させる。そればかりか、細かな点にこだわり過ぎたり、他者の仕事が気に入らず、逐一自分で直さないと気が済まなかったり、他者の仕事のスピードに不満を抱いたりする。こういう人がリーダーの立場であったら、職場はさぞ居心地の悪い場となるであろう。リーダー自らがいつも深夜まで仕事をし、休日出勤もする。常に仕事の話しかしない。息をするのも苦しい職場ができはしないだろうか。

欧米企業では少なからず、「残業は恥じである」と考える風潮があるように思う。就業時間を超えて仕事をしなければならないのは、仕事の管理ができていないからであり、ましてや部下に残業させるなんていうのは、マネジャーが部下のマネジメントができていない証拠であるという考え方だ。この考え方からすれば、部下に残業をさせるのは無能な管理者であるということになる。
かつてアメリカのコンサルティング会社に勤めていた頃のこと。ニューヨークの本社に出張した時に、日本ではまず見ない光景を目にした。ある件での情報収集に行ったのだが、与えられたミーティングルームで資料の整理をしていた。夕方の6時頃であったと思うが、ようやく一段落してミーティングルームから出た時のこと、広いオフィスはほとんどがすでに照明が落とされ、全体が薄暗く、閑散としていた。唯一、オフィスの壁際に配置されたマネジャーの個室の列だけが煌々と明かりが付いていた。要するに、一般の社員のほとんどはすでに帰宅しており、マネジャーたちだけが残業をしていたわけだ。日本では、上司が帰るまで部下は帰らないことが一般化しており、上司が帰った後も、若い社員たちは毎日遅くまで残業していることが多かったので、その本社での光景は非常に新鮮に感じられた。

このような日本における長時間労働の問題はどうやら、労働組合の“賃上げ至上主義”の姿勢にも問題があったようだ。日本では戦前から残業はある程度あったようだが、それは、労働者の権利を守るべき労働組合が弱く、実態をもち得なかったこと、加えて、苦しい生活のなかで残業での割増賃金が労働者にとっては魅力的であったことが背景にある。問題は、労働者の生活が改善されていく第二次世界大戦後にも変わらず同じ方針を継続してきたことだ。働く人たちの権利を守るということが、経済的な利益に偏り、労働者の生活の質を高めるという方向へは向かわなかったのだ。結局、そのままのメンタリティーのまま現在まで変わらずに来てしまったということが、現在の長時間労働を引き起こしている一因となっている。労働条件の悪化とのバーターによる賃金上昇であったといえる。

しかし、長時間労働は単に自由な時間を奪っているのみならず、仕事の能率の低下を招くとともに、メンタル疾患の発症をも誘発している。「残業がなされる場合には、就業当初より十分充実した働き方を発揮せず、正規の労働時間内の作業能率を、より長い作業時間内に配分しようとする傾向をとってくる。」と経済学者の武田晴人氏は指摘している。残業が常態化していると、就業時間が8時間ではなく、10時間なり12時間という感覚になる。10時間以上も集中して仕事をし続けられるわけはない。午前3時間と午後4~5時間が集中して仕事ができる限界ではなかろうか。最初から12時間あると思ってしまえば、集中度に違いが出るのは当たり前だ。このように、残業に依存する就業体制は効率の低下を招き、労働者のモラルの低下をもたらす。労働時間に関する限り、これまで経営者や管理職の管理責任はまったく欠如していたといってよいであろう。そろそろ、本来の「生活の質」の向上へ向けて、労働時間の適正化への本格的な取り組みがなされるべきではないだろうか。



プロフィール

元マーサージャパン株式会社 代表取締役副社長。マーサー社ではコンピテンシーに基づく人材の評価、選抜、育成および組織開発に関わるプロジェクト、日系企業海外現地法人の現地化推進等のコンサルティングのほか、コンサルティングノウハウのITプロダクト化、提携戦略等による新規事業開発に従事。現在は、継続性と実効性を確保できるマネジメント手法の開発および普及に力を注ぐ。著書に、『会社人生は評判で決まる』(日本経済新聞社)、『コンピテンシー活用の実際』(日本経済新聞社)、『チームを活性化し人材を育てる360度フィードバック』(共著、日本経済新聞社)、『図解戦略人材マネジメント』(共著、東洋経済新報社)ほか。日本人材マネジメント協会(JSHRM)幹事等を歴任。

写真:南雲 道朋(なぐも・みちとも)
株式会社HRアドバンテージ代表取締役社長
相原 孝夫(あいはら・たかお)

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