
〈番外編〉人材紹介会社の宣伝コピー
前回のコラムで、労働観が危ういということを述べたが、現代社会には健全な労働観を破壊するようなメッセージが溢れており、好むと好まざるとに関わらず、皆そうした影響を受けている。消費資本主義しかり、自己実現への過度なプレッシャーしかり。
より卑近なところでは、たとえば人材紹介会社の広告などは、そうした観点からすると目に余るものが多い。中でも図抜けてひどいのが、某社の「うわっ・・・私の年収、低すぎ・・・?」というコピーだ。このコピーの横に、驚いて口を押さえる女性の写真がある。
人材紹介会社は人を動かしてマージンを得る商売なので、当然ながら多く動けば動くほど利益が上がる。かといって、できるだけ多くの人に転職を促して利を貪るというのは、職業倫理上、明らかに間違っている。他人の人生に関わることである以上、一定の自主的規制は必要であろう。
もちろん、人材紹介会社は適正な人材の流動性を確保するという観点から必要なサービスである。前向きな転職、後ろ向きな転職、両方あるであろうが、あくまでも何らかの事情によって転職を考えている人が情報を得るための手段である。然るにそういう状況にない人を煽って転職をさせるというのは本末転倒だ。
上記のようなコピーはまさしく、そうした動きを増長するものといえる。言うなれば、社会思想の中に細菌を巻き散らかしているのに等しい。社会経験の浅い若者がこれを見たらどう思うであろうか。こうしたコピーに惑わされてキャリアを崩していく人は後を絶たないのではないだろうか。たたでさえ、同僚や他社に勤める友人と競い合うようにして、より良い転職先探しをするような風潮すらある昨今である。その場合の「より良い」というのが、「より給料の高い」となったら事である。
まだ十分に実力をつけていない時期に、その時点での給料だけを比較して転職などしてしまえば、その後の職業人生はどうなるであろうか。未熟な若年人材に高い給料を出すという場合、それだけの給料を出さなければ人が採れない仕事であり、また、それだけ出しても会社として利益が出るような仕事であることは、経済原理上間違いない。
たとえば、育成せずともとにかく長時間働いてもらえさえすれば、会社としてペイするような仕事などだ。そのような仕事は10年勤めても給料は変わらないことが多い。しかも10年経っても当人はほとんど成長もしていない。さて、その後のキャリアをどう切り開いてゆくのであろうか。待っているのは、八方塞がりの状況しかない。過酷な労働条件に嫌気が差して転職をしようにも、発展的な転職はできず、キャリアダウンの職業人生となってしまいかねない。
もちろん、実際にそのような転職をしてしまう人は、転職を考えている人のうちのほんの一握りの人たちであろうが、より広範囲に渡る、根の深い罪悪は、それを度々目にする人達の健全な労働観を破壊するということだ。頻繁にこのようなコピーを目にしていれば、「自分は給料のために働いている」と、知らず知らずのうちに刷り込まれてしまうであろう。
もしこのコピーが、「うわっ・・・私の苦労、少なすぎ・・・?」というものであったなら、人々の労働観に与える影響はだいぶ違ったものになるに違いない。現在の職場が甘すぎて成長できないような場合、たとえ給料は下がろうとも、苦労を求めて、より実力を付けられるような職場に転職をするなんてことが多発するかもしれない。このような意味での転職を促すようなコピーであったならたいへん素晴らしい。弊社ももう少しビジネスに余裕が出てきたら、儲からないことを承知の上で、このような奇特な人材紹介業もやってみたいとも思わなくもない。
元マーサージャパン株式会社 代表取締役副社長。マーサー社ではコンピテンシーに基づく人材の評価、選抜、育成および組織開発に関わるプロジェクト、日系企業海外現地法人の現地化推進等のコンサルティングのほか、コンサルティングノウハウのITプロダクト化、提携戦略等による新規事業開発に従事。現在は、継続性と実効性を確保できるマネジメント手法の開発および普及に力を注ぐ。著書に、「コンピテンシー活用の実際」(日本経済新聞社)、「チームを活性化し人材を育てる360度フィードバック」(共著、日本経済新聞社)、「図解戦略人材マネジメント」(共著、東洋経済新報社)ほか。日本人材マネジメント協会(JSHRM)幹事等を歴任。
- 株式会社HRアドバンテージ代表取締役社長
- 相原 孝夫(あいはら・たかお)























