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  4. 【コラム】第23回 メンタルヘルスに関する一仮説
コラム

メンタルヘルスに関する一仮説

業種を問わず、近年はメンタルヘルスに関する問題が頻発している。厚労省発表の「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況について」によると、平成10年度には42件であった精神障害の請求件数が平成20年度には927件と22倍になり、うち認定件数は4件から269件と67倍にもなっている。特に多いとされるIT業界などでは事業への影響も深刻さを増している。心の問題だけに原因究明もままならず、効果的な対策を打つことが困難とされる。

企業の打ち手としては、個人に対するカウンセリングや、上司への教育、職場内の相互支援等が多いようだ。厚労省が掲げる4つの指針を見ても、「セルフケア、ラインケア、事業場内ケア、事業場外ケア」ということになっている。これらは、個人や職場を対象としたアクションであり、どうも会社不在という感が拭えない。結局、「個人が悪い、上司が悪い、職場が悪い」と言っているに過ぎず、会社の責任は?と言いたくもなる。この会社としてのコミットメントの無さが、従業員の不安を煽り、うつなどを誘発しているという可能性はないだろうか。

たしかに、一人ひとりが直接的に所属している「職場」が健全である場合には、メンタル上の問題は発生しづらいということはあるであろう。しかし、この職場という言葉には曖昧さ、一種の不安定さがある。職場とは、会社なのか、オフィスなのか、部署なのか、よく分からないまま、メンタル上の問題は職場の問題とされている。これは同時に会社の責任回避ともいえる。「現場の問題である」、あるいは「社会的現象である」ということで片付けられがちだ。

話は飛ぶが、「職場」というのは、地域社会論でいうところの「郊外」というものに位置づけが似ているように、個人的には思っている。社会学の中では、郊外というのは比較的ニッチではあるが一つの研究分野となっている。郊外は、都心でもなく田舎でもなく、その双方にとって「周縁」にあたる中途半端な場所であり、秩序や価値付けが確定しない場所とされる。こうした場所では地域の共同性が低く、匿名性や流動性も高く、郊外型犯罪という言葉があるとおり、犯罪が多発する傾向にある。理想的な住環境としての側面と不安性の高い場所としての側面との両義性を持つ。

「ある社会にはその社会の支配的な価値や中枢的な集団や機能が場を占める『中心』と、それに対する辺境で、非正統的な価値、非支配的な集団、従属的な機能が場を占める『周縁』がある。」「周縁は中心とは違いさまざまな価値や秩序に開かれているがゆえに、その場所の秩序や価値づけが確定しない、両義的な場所として現れる。」(若林幹夫「郊外の社会学」ちくま新書、2007年)

「職場」という場所も位置づけ的にこれに似ており、会社からも周縁であり、社会からも周縁である。会社内にあるわけだから、会社からの影響は当然大きく受けるが、社会からの影響も同じように受け、両者の間で揺れ動く両義的な場所である。IT企業のSEなどの場合、顧客企業にオンサイトで仕事をするケースが多いため、位置付けはさらに不安定性を増すこととなる。

企業の中でも経営陣であれば、ほとんど会社と一体化しているので、特定の価値観を強く共有しているが、各職場の従業員は会社に対してさほど強いコミットメントを持たないケースも多く、十分に統制がとれているわけでもない。非正規社員であればなおさらである。精神疾患の発症状況を見ても、不安定性が高いせいか30代の若手社員に圧倒的に多く、一方、50代ではごく少数となる。

冒頭の数字にあるとおり、この10年で急速に問題化してきているが、その背景として、企業の業績が低迷し、雇用やキャリアの先行き不安が増したり、リストラの影響で忙しくなったりということが大きく影響していると、一般的には理解されている。しかし、本当のところはそうしたことよりも、企業のカルチャーが弱まってきたから、という点により大きな原因があるのかもしれない。高度成長期にはそうしたことは問題化しなかったわけだが、それは業績が好調だったからというよりも、「会社人間」と言われるほどに従業員が会社と一体化しており、それはそれとして安定化していたからとも考えられるのではないだろうか。

企業カルチャーの希薄化は、もちろんリストラ等の影響もあろうが、それ以上に雇用形態の多様化や人材の流動化の影響が大きいに違いない。郊外も、生まれ育った地域の異なる人びとが集まることによる共同性の欠如が不安定化の大きな原因となっている。職場も同様に、多様な人々が集まるようになり、同時に流動化が増していくことにより、共同性が欠如し、一種の匿名性も高まり、不安定化してきているとはいえないだろうか。

このような仮説を前提とするならば、メンタルヘルス上の問題への打ち手として、会社としてまずおこなうべきは、積極的な情報の発信や巻き込み等による「企業風土の再形成」ということになるであろう。そうした手立てなく、職場の問題として捉えて対症療法を繰り返しても問題が好転していくようにはどうも思えない。

「都市の空洞化は、その都市の歴史や生活文化とともに、そこに生活してきた人々の精神をも空洞化させる」と三浦展は指摘する。企業でも、昨今はトップの顔が見えない、ビジョンや事業の方向性が示せていないという状況が散見される。まさに経営の空洞化といえなくもない。経営の空洞化は、昔からコミットメント高く貢献してきた従業員たちの精神も空洞化させるに違いない。そう考えると、メンタルヘルス上の問題は、現場の問題どころか、経営の問題そのものであろうと思えてくる。経営陣が企業の存在価値を明確に示せなければ、従業員の一人ひとりが自らの仕事の意味を正しく理解し、位置付けていくことは不可能である。意味や位置づけが分からないまま、同じ毎日を繰り返すことほど苦痛なことはないであろう。

ギリシャ神話にある「シシュポスの岩」の話が連想される。最高神ゼウスの命令に背いたシシュポスは、罰として巨大な岩を山頂まで運び上げるよう命じられる。あと少しで山頂に届くところまで運び上げてきたが岩はその重みで谷底まで転げ落ちる。何度もやり直すが運んでは落ち、落ちては運ぶ、これが永遠に繰り返される。無益で希望のない労働ほど恐ろしい懲罰はないと神々も考えたのである。

さて、今回示した仮説は、異分野の理論をやや強引に援用して立てたものであるが、こうした側面も少なからず関連していることは間違いないところであろう。メンタルヘルスに関わる問題については、現状の取り組みに大きな違和感を覚えざるを得ない。今一度捉え直す必要があるように思われる。少なくとも、会社が会社の問題として真正面から受け止め、この問題に対するコミットメントを示し、より責任ある対応を取っていくべきであろう。

最後に、今回触れた「郊外」について扱った書籍を、ご興味のある方のために以下に挙げさせていただく。ただし、人事・組織マネジメントを専門とする方々には直接的にはほとんど関係のない内容であることをお断りしておきたい。
・ 三浦展「ファスト風土化する日本」洋泉社、2004年
・ 若林幹夫「郊外の社会学」ちくま新書、2007年
・ 吉見俊哉「ポスト戦後社会」岩波新書、2009年

プロフィール

元マーサージャパン株式会社 代表取締役副社長。マーサー社ではコンピテンシーに基づく人材の評価、選抜、育成および組織開発に関わるプロジェクト、日系企業海外現地法人の現地化推進等のコンサルティングのほか、コンサルティングノウハウのITプロダクト化、提携戦略等による新規事業開発に従事。現在は、継続性と実効性を確保できるマネジメント手法の開発および普及に力を注ぐ。著書に、『会社人生は評判で決まる』(日本経済新聞社)、『コンピテンシー活用の実際』(日本経済新聞社)、『チームを活性化し人材を育てる360度フィードバック』(共著、日本経済新聞社)、『図解戦略人材マネジメント』(共著、東洋経済新報社)ほか。日本人材マネジメント協会(JSHRM)幹事等を歴任。

写真:南雲 道朋(なぐも・みちとも)
株式会社HRアドバンテージ代表取締役社長
相原 孝夫(あいはら・たかお)

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