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  4. 【コラム】第13回 〈やや番外編〉 360度フィードバックによる気づき-バーチャルストーリー(2/2)-
コラム

〈やや番外編〉 360度フィードバックによる気づき
-バーチャルストーリー(2/2)-

〈ヘッドハンティングで入社した賀川部長の開眼(2/2)-賀川部長の部下の立場から〉

このところ、賀川部長の態度が明らかに違う。こんなことが起ころうとは。いったいどんな心境の変化があったというのだろう。ついこの間までは、業績低迷の原因を我々に押し付けていたのに。やはり原因は自分にあると反省をしたということだろうか。いや、反省なんて言葉は賀川部長には似合わない。常務が何か言ってくれたのだろうか。いや、これもおそらく違うだろう。賀川部長が人の言うことに耳を貸すわけがないし、常務をもともと格下に見ているくらいだから、常務から何か言われても、逆効果になるのがおちだろう。そもそも、社長が連れてきた賀川部長に常務がもの申せるわけがない。

まったく訳が分からない。しかし、悪いことではない。むしろ悪循環が起きている現状の我がチームにとって、かすかな光明とも言えるような歓迎すべき事態だ。当初は賀川部長が株で大儲けしたとか、何か部長にとって極めてハッピーなことがあって、たまたまそういう態度を取っただけで、3日もすれば元に戻るに違いないと思い、同僚や後輩ともそんな話をしていた。しかし、あれからもう2週間、さらに態度は融和的になってきている。最近ではミーティングの時にも一方的に指示をするだけではなく、一人ひとりの意見を聞いている。それだけではなく、必ず肯定的なコメントを返す。かつては部下が話す機会があったとしても、話している途中で遮り、その意見のダメな点を容赦なく指摘するだけであったのだが。

最近では融和的な態度もよい意味でエスカレートすらしており、なんと部長が自分自身の役割についてさえ、部下からコメントを求めるようになってきた。最初はさすがに誰も何も言わなかったが、何度も問われているうちに、「全社の中期事業方針についてもっと情報を開示していただけると助かります」とか、「部長が流通業の幹部と打合せをする時にできれば同席させていただきたいです」などと言ってみたところ、それらはほとんど即座に実行されている。これまでの印象が悪かっただけに、皆急速に賀川部長に対して好意的に変わってきており、いろいろな情報を持ち寄るようになってきた。大した成果でなくとも、褒めはしないまでも、きちんと認める態度を取るだけに、賀川部長をもっと喜ばせようという雰囲気さえ出てきている。おかしなものである。これはもしかすると、業績も徐々に好転していくかもしれない。

賀川部長がヘッドハントされて転職してきた当初は最悪だった。最初の挨拶から、まったく我々を見下していた。「あなた方は私の言ったとおりに動けばよい」とまるで容赦なかった。「余計なことを考えずに」と言外に言っていた。さらにチームミーティングでは、私の方針に反対の者、もしくは最低限のことができない者は他部署に移ってもらうとも言った。それがこの人のやり方だった。

自分はマーケティング部のホープなどとも言われていたので、少しはプライドを持っていたが、そんなものは粉々に砕かれた。若手であるというだけで、マーケティング戦略を構築するフェーズには絡ませてももらえず、市場調査のデータを分析することくらいしかさせてもらえない状態が続いた。かつては小売りの現場に足を運んで実態を理解するというようなこともよくやっていたが、部長は、すべて経済合理性のもとに費用対効果で動く方針で、無駄な時間、つまり部長にとって無駄と思われる時間の使い方は一切禁じられた。細かく時間管理をされているので、自分流のスタイルは木っ端微塵に粉砕された。

我々はマーケティング活動のある部分しか任されず、活動の全体像がどんどん見えなくなっていった。シェアが好転していた時にも達成感などはなく、どうしても他人事にしか感じられずにいた。その手柄も当然ながら部長一人のものとして社内的にも認識されていた。確かにデータに基づく部長の戦略の練り方や、多様な情報源からの情報収集、施策を打つスピードなど、凄いと思わされる点はいろいろとある。しかし、具体的なプロセスはよく分からないので学びようはないし、そもそもああいう人格の人から学びたいとも思わなかった。

半年前、やはり将来を嘱望されていた同僚の一人が退職した。彼もやはり年次が若いというだけで、最初の工程である情報収集だけの役割を振られていた。それまでは、情報の分析・解釈から戦略の構築、さらには営業部門と協働での戦略の展開までを担当していた。それがごく限定的な役割となり、「賀川部長がいる限りあと何年もこの状態が続くに違いない」と確信し、マーケティングの仕事に思い入れの強かった彼は転職の道を選んだ。彼が移った先が、自社の直接の競合企業であったことも、他のメンバーへのダメージを大きくした。

ただ、景気の後押しもあり、業績は引き続き良かったことだけが救いだった。それを自分の力だと思った賀川部長の態度は益々増長するばかりだった。それによって、これまで一枚岩と言われていた弊社経営陣にも不協和音が響くようにさえなっていた。その後、環境変化により頼みの綱であった業績も下降局面に入り、経営陣の混迷さも深まり、常務や部長の不機嫌さは極まり、いったいこの会社は今後どうなってしまうのだろうと思っていた矢先のことであった。

部長の変化はチームメンバーに対してばかりではない。このところ、部長が常務のオフィスへ出向いていって何やら打合せをすることや、営業部長などと一緒に外出することが多くなった。当初はとうとうリストラの相談でも始めたのではないかと、部長が常務との打合せから戻って来る度にみな戦々恐々としていたが、どうやらそうではないらしい。打合せから戻ると、決まっていくつか具体的な方針が示されたり、または数名単位で打合せを持って現状の共有をするというようなことがおこなわれた。

相変わらず部長の劇的な変化の理由は分からないままだが、もうそれはどうでもいい。我々が格段に仕事がしやすくなり、組織の雰囲気も良くなってきたということが重要だ。最近は不思議なもので、厳しい環境ながらも業績へのプレッシャーは以前ほど感じなくなった。それよりも業務の全体像が見えるようになったことで、日々の活動に充実感が持てることが単純に楽しいし、また、部長が自分の考えや、情報の見方、戦略検討のプロセスなどを共有してくれるようになったので、目から鱗のような発見も多々あり、日々成長していることを実感できることが何よりも嬉しい。(完)

プロフィール

元マーサージャパン株式会社 代表取締役副社長。マーサー社ではコンピテンシーに基づく人材の評価、選抜、育成および組織開発に関わるプロジェクト、日系企業海外現地法人の現地化推進等のコンサルティングのほか、コンサルティングノウハウのITプロダクト化、提携戦略等による新規事業開発に従事。現在は、継続性と実効性を確保できるマネジメント手法の開発および普及に力を注ぐ。著書に、『会社人生は評判で決まる』(日本経済新聞社)、『コンピテンシー活用の実際』(日本経済新聞社)、『チームを活性化し人材を育てる360度フィードバック』(共著、日本経済新聞社)、『図解戦略人材マネジメント』(共著、東洋経済新報社)ほか。日本人材マネジメント協会(JSHRM)幹事等を歴任。

写真:南雲 道朋(なぐも・みちとも)
株式会社HRアドバンテージ代表取締役社長
相原 孝夫(あいはら・たかお)

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