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「外交音痴」とはどのコンピテンシーの不足なのか

外交音痴とは何か

安倍首相が昨年12月26日に靖国神社を参拝したことは、多くの議論を呼び起こしました。総じて、残念なことに、安倍首相の参拝は日本の外交的立場を弱くし、産業界にもダメージをもたらし、日本国民の分断も促進した、ということは間違いないのでしょう。そして、そのような行動をとってしまった安倍首相の弱点は、一言で言うと「外交音痴」という言葉で言い表せる、ということも間違いないのでしょう。そして、「外交音痴」という弱点は、安倍首相のみならず、日本の政治家全般、日本国民全般にあてはまる、ということも間違いないのでしょう。

ここで、私たちの弱点であると考えられる外交音痴とはどのようなコンピテンシーの不足なのか、ということを考えてみたくなりました。世界の中で相当に成功したと言ってよい日本の産業人のコンピテンシーレベルは、総じて世界的に見て高いと言ってよいと思うのです。「規律性」の点でも、「対人感受性」や「チームワーク」の点でも、「成果追求」の点でも、「プロセス構築」の点でも、(ロジカルシンキングとして意識されてきた)「論理的思考」の点でも、(世界中の論文や情報を瞬時に日本語にしてしまう)「情報活用」の点でも。しかし実は、日本人に決定的に不足しがちなコンピテンシーがあるのでしょうか?あるとしたら、それはどのようなコンピテンシーなのでしょうか?

それとも、外交センスというものは、企業人としての能力をとらえるコンピテンシーの体系では捉えることのできない別の次元の能力なのでしょうか?それとも、それはたとえば「語学」のような「スキル」なのでしょうか?あるいはそれは「国際政治史」のような「知識」なのでしょうか?日本人の語学力が総じて低いことは誰もが認めるところで、多国語が読めない/聞けないばかりに他国人の物の見方がわからない、ということはありえることでしょう。あるいは、日本史や日本人の家族史は普通、ユダヤ史やユダヤ人の家族史と違って、「異邦人の間で生き延びる」というストーリーを含みませんので、外交の知識を身をもって得る機会が少ない、ということも確かでしょう。


外交音痴には全てのコンピテンシーが関係

しかしやはり、今回の安倍首相の行動として伝えられるものをコンピテンシー的に整理してみると、そこにはコンピテンシー的な弱点が見て取れる、と言えそうなのです。【自己管理】【対人】【成果追求】【手順やプロセス】【論理的思考】【情報活用】の6つの軸で整理してみましょう。

【自己】 「自分の信念を貫きたい」「先祖の遺志を引き継ぎたい」「宗教感情を満足させたい」という個人的な叫びを、公人としての考えや行いの中に混同させてしまった。プロフェッショナルとして公私の区別をつけることができなかった。
【対人】 相手が(例えばアメリカが)何を望んでいるのか、自分の行動が相手にとってどのように見え、相手の立場にどのような影響を及ぼすのか、相手の視点に立って考えることができなかった。
【成果】 自分が達成すべき成果に拘ることができなかった。達成すべきことを忘れてしまった。日本をより安全にし、より経済的に安定した状態にする、という目的を忘れて、それに反したことをしてしまった。
【手順】 何をどのような順番で行うことによりどのように物事を達成するのか、というプロセス設計抜きに、相手や周囲にとって不意打ちのことをしてしまった。
【論理】 第三者や価値観を異にする人に対しても通用する、客観的で論理的な説明をすることができなかった。「遺族の気持ち」といったあいまいで主観的な言葉を用いての説明しかできなかった。
【情報】 客観的な情勢判断に基づいて行動することができなかった。希望的観測を交えずに情報を解釈することができなかった。

このように振り返ってみると、外交音痴ということは、全てのコンピテンシー軸の弱さであることがわかります。では、日本人が総じて外交音痴であるとすれば、それは、日本人のコンピテンシーレベルは世界的に見て実は大変に低いものであった、ということを意味するのでしょうか?そうであるとすれば、日本の産業の成功とはいったいどう説明できるのでしょうか?

ここで考えるべきことは、コンピテンシーの様々な軸(上で言えば【自己】【対人】【成果】【手順】【論理】【情報】の6つ)は、それぞれ独立した軸であるとはいえ、相互に影響もしあってもいるため、どれか一つのコンピテンシーが決定的に弱いためにそれがボトルネックとなって他のコンピテンシーの発揮が妨げられてしまう、ということがありえるため、日本人の外交音痴という現象もそのような現象として説明できるのではないか、ということです。


自己を取り扱うコンピテンシーの弱さに起因

そのことを考えるためには、上の、【自己】【対人】【成果】【手順】【論理】【情報】それぞれの見地からのコンピテンシーの不足が、お互いにどのように影響し合っているのか、ということを考える必要があります。そして、そのように考えてみると、ボトルネックとなっているコンピテンシー軸はどうやら一つ、そう、それは【自己】のコンピテンシーです。

「自分の信念を貫きたい」「先祖の遺志を引き継ぎたい」「自分の宗教感情を満足させたい」という個人的な叫びを、公人としての考えや行いの中に混同させてしまった・・・そのことに尽きると言えないでしょうか。「自己の感情」が噴出してしまい、「他者の視点」も「成果への拘り」も「手順やプロセス」も「論理的思考」も「情報活用」も掻き消されてしまった・・・。民主党政権時の鳩山首相にも同じようなことがありましたが、自分の想いが「中二病」であるかのように吹き出してしまい、他のコンピテンシーの行使を妨害してしまった・・・と。

日本人は明らかに、グローバルな舞台に出た時に、【自己】を取り扱うコンピテンシーの弱さが露呈する傾向があると言えそうです。これは、日本人社会が、会社組織も含めてお互いの「同質性」を前提としているため、「自己」を徹底的に問い直す、ということをほとんど必要としない、ということから来ているものでしょう。

実際、社会人としての規律性や自己啓発の姿勢を身につけさせたい若年層は別として、日本企業の国内人材向けのコンピテンシーモデルを作る時には、【自己】を取り扱うコンピテンシーはあまり登場させません。それほど問題にならないからです。成果へのプレッシャーへの対応は想定しても、「自分とはいったい何なのか!」と叫ばせるような局面は想定しません。ただし、海外赴任者向けには、「ストレス耐性」「異文化受容」「多様な経験の統合」「環境に合わせた自己変革」等、【自己】のコンピテンシーを登場させることは多くなります。


自己を支える歴史的・宗教的背景

日本社会において、【自己】を根底から把握し、取り扱う契機が脆弱であることは、安倍首相の政治家としてのマニフェストである「美しい国へ」と、バラク・オバマ大統領の政治家としてのマニフェストである「Audacity of Hope」とを比べてみると、明らかであるように思います。オバマ大統領も自分史を語るのですが、それは、300年にわたって徹底的に明文化され、事例に即して裁判所で議論され、検証が試みられてきたアメリカ憲法史に自分史を一体化させ、憲法の理念に語らせるという、どこまでも公的な営みの体裁を崩しません。どこまでもあいまいで主観的な、「信念」「国に対する想い」「私がこうありたいと願う国の姿」「伝統」「祖父」の夢にとらわれる、という余地は、そこにはありません。

あるいは、日本人の自我を扱ってきた日本文学の伝統と、(パーソナリティの理論として人事分野にもいろいろな形で影響を与えている)ユング心理学とを比べた時、明らかになります。ユング心理学は「夢」を重視するため村上春樹の小説との関係が論じられたりもするのですが、実際には村上春樹の小説のようなふわふわしたものではなく、強い意志を前提とする、成熟した大人の心理学とも呼べるものです。そこにおいてはっきりしていることは、自分の心を支配する「祖父」や「英霊」のような存在は、徹底的に客観化され、向き合われ、克服されていくべきものとされていることです。「自殺」した作家達が近代日本文学を代表する作家として祀り上げられるような日本文学の土壌とは、求められる自己の強さが違うと思わざるをえません。

このような違いが、個々人の資質というよりは、個人を支える仕組み(歴史、宗教等)に由来するにせよ何にせよ、【自己】の脆弱さは、グローバルな環境に放り出された時に明らかになることは確かです。あるいは、日本国内で通常の会社員生活を送っていたとしても、セカンドキャリアを歩み始める年齢になって「会社の名刺や肩書をとったら何も残らない自分に愕然とし、動揺する」という形で露呈する、ということは、中高年社員の問題として話題にされる通りです。

今後は、【自己】を把握し、取り扱うコンピテンシーの開発・強化ということが重要テーマとして認識されるようになるのではないかと思います。もちろん、安倍首相もそれを意識して、むしろそれを意識したからこそ、「靖国参拝への信念」を押し通したのでしょうが、客観性があまりにもない、私的な「美しい国」の心象風景でもって世界の公的な世界に討って出ても、勝ち目はないですよねえ。



プロフィール

写真:南雲 道朋(なぐも・みちとも)
株式会社HRアドバンテージ取締役
南雲 道朋(なぐも・みちとも)

株式会社HRアドバンテージ取締役。富士通でシステム開発企画、マーサージャパン等の外資系コンサルティング会社で業務改革/マネジメント改革/組織改革/人材開発を横断するプロジェクトの企画・推進を行ってきた。分野を横断するシステム思考の実践を基本姿勢とし、近年は人と組織のデータ活用の仕事に注力している。著書に、『多元的ネットワーク社会の組織と人事』(ファーストプレス)、『チームを活性化し人材を育てる360度フィードバック』(共著、日本経済新聞社)、『図解戦略人材マネジメント』、『実践Q&A戦略人材マネジメント』(以上共著、東洋経済新報社)がある。

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