1. トップページ
  2. インフォメーション
  3. 最新人材マネジメント情報
  4. シンガポールの労働市場に日本の未来は見えるか(番外編)
最新人材マネジメント情報

シンガポールの労働市場に日本の未来は見えるか(番外編)

「将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない。」・・・というユニクロの柳井会長の発言が話題になっている。グローバル化の中で雇用と労働はどうなるのか・・・労働市場のグローバル化という面では日本よりも先を行っているシンガポールに、日本の未来は見えないだろうか?


シンガポールの外国人労働者の姿

週末、繁華街に出かけると、ビルの一角に一際目立つ長蛇の列を見かける。1カ所のみというわけではなく、少し歩くとまた別のビルの地下にという感じで、長い長い列ができている。「何の店だろう?」行列の先の看板を見ると「Change」の文字。両替商だ。周辺国から出稼ぎに来ている人達が、本国への送金のために列を作っているのだ。数ある両替商の中から少しでもレートの良い店の前に、毎週長蛇の列ができるのだという。

建設ラッシュが続く街中に目を移すと、ビルの新築・解体や道路の拡張・整備といった工事現場で多くの作業員が汗を流している。昼休みになると、電車の高架下にできる長い影の中に多くの作業員が横になり、休憩を取る。灼熱の日差しを避けられるのは確かにその影しかない訳だが、帯のような影を奪い合うように何十人もの男性が並んで眠る姿は、初めて見ると多少ショッキングでさえある。

共働き家庭やコンドミニアムに住む外国人家庭では、ごく普通にメイドさんの働く姿を目にする。幼い自分の子供は本国に残したまま、シンガポールで住込みのメイドとして働き、他人の子供の世話をする人も多いと聞く。こうした建設現場の労働者やメイドさんの多くは、周辺国からやってきた出稼ぎ労働者だ。そして、彼らの賃金は驚くほど低い。

働いてもらう側から見れば、「建設ラッシュを支える労働力が確保できて助かる」、「この金額で住込みのメイドさんに来てもらえるなんて、何てありがたい」といったところだが、雇われる側の気持ちを考えると、何ともやるせない気分になる。


市場にきめ細かく割り当てられる外国人労働者

シンガポールは、多様な民族が共に暮らす国として知られるが、その労働市場はどうなっているのだろう。労働力人口に占める外国人労働者の割合は、2004年以降上昇を続け、2012年には37.0%に達している。労働力人口の4割弱を占める外国人労働者。彼らに発行される就労パスの内訳を見ると、外国人労働者がどのような業務に就いているのかが浮かび上がる。

就労パスには、Eパス(高度人材)、Sパス(中技能労働者)、Rパス(非熟練労働者)の区分がある。圧倒的に多いのは非熟練労働者(家庭内使用人を含む)で、外国人労働者全体の75.5%を占めている。シンガポール国民が従事したがらないような非熟練業務は積極的に外国人に開放し、高技能・中技能を要する業務については少数の外国人しか受け入れないという、政府の選択的な受入れ政策をよく反映していると言えよう。

外国人の雇用に際しては、就労パスの種類と業種等に応じて、数量規制枠、雇用率が定められており、使用者に対しては雇用税が課される。シンガポール国民の就業希望とバッティングしそうな業務については、外国人の雇用が行き過ぎないように、こうした規制が強化されていく。実際に、Eパス(高度人材)やSパス(中技能労働者)の申請要件である最低固定月額給与がここ数年で断続的に引き上げられるなど、実情に応じたきめ細かい見直しと変更が続けられている。


管理的・専門的な仕事にシフトするシンガポール国民

では、シンガポール国民はどのような仕事に就いているのだろうか?シンガポール国民・永住権者の就業者の産業別構成を見ると、公共・地域サービスに従事する人が3割近く、最も多くなっている。これほどの建設ラッシュにも関わらず、建設業従事者は5%にすぎない。

 

シンガポール国民が携わる業務を就業者の職業別構成比率で確認しよう。管理職、専門職、技能職の合計で全体の半数以上を占めており、これに事務職、サービス・販売職を加えると全体の8割近くに達する。非熟練業務や単純作業の従事者は少数派であることがわかる。シンガポール国民が従事する業務は、主に管理職からサービス・販売職の範囲であり、学歴に応じて、その範囲内で職業が決まっていくという状況が推察できる。

 

ちなみに、シンガポールでは小学校修了時点に全国共通テスト(PSLE)が行われ、その結果によって、その後の進路が大筋決められる。大学進学コース、コミュニティカレッジコース、中卒後に就職コースといった具合で、このテストの結果如何で将来どの労働市場に入るかがほぼ決定してしまうため、シンガポールの教育熱は過熱する一方だ。

なお、シンガポールに拠点を置く多国籍企業は約7,000社で、そのおよそ6割が地域(グローバル)統括拠点としてシンガポールを活用していると言われる(シンガポール経済開発庁調査)。国家予算の23%を教育費にあてるほど、人材育成に注力するシンガポール。グローバル企業を始めとする国際舞台で、自国民が活躍することを目指していることは明らかだろう。


日本の労働市場も分断するか

以上のように、シンガポールでは、国家的な政策として労働市場を階層化し、自国民をできるだけ高付加価値型の仕事に誘導しようとしているように見える。言わば、経済格差を計画的に作り、コントロールしようとしているように見える。

これは、米国の雇用・労働市場政策ともまた異なる。米国では外国人は高度技能者をまず優先して受け入れることで、新しい価値創出の促進を狙う一方、国民の多様性を前提に、(製造業の復権による中間層の雇用創出が謳われているものの)国民間の経済格差は拡大する一方であるようである。

翻って日本の労働市場を考えると、今後はどう変化していくのだろうか?

●やはり労働市場は二極分化していくのだろうか?

●その中で、日本人が就きたい/就くべき仕事、というのはシンガポールのように選別されていくのだろうか?

●それとも米国のように国民の多様性を前提に、国民間の格差は拡大する一方となるのだろうか?

●国民間の格差が拡大する時、社会も分断されることにならないだろうか?その時、日本の強みは失われることにならないだろうか?

●日本企業は、日本がどのような社会になることを想定して、どのように雇用のポートフォリオを組んでいったらよいのであろうか?

外国人労働者を大量に受入れる可能性が低いことを前提にすると、非熟練労働とされる仕事を社会の中でどのように位置付けるのか、誰がそれを担っていくのかが、今後の労働市場を考える上で鍵を握るように思われる。


新しい職業文化を夢見て

「一旦会社に就職すれば、定年退職するまでは安泰」という終身雇用システムは最早持ちこたえることはできず、「働くこと」の意味が改めて問われている昨今。会社では、利益確保に向けて人員削減が続き、生き残った少数精鋭の正社員たちがサービス残業や休日出勤に追われ、過労のために心身の健康を損ないかねない一方で、非正規労働者は不安定な労働条件に甘んじざるを得ず、キャリアを積める仕事さえ得られない若者も多い。

こうした中、一部で社会的起業が注目を浴びているように、「働くこと」に単に金銭的報酬のみを求めるのでなく、社会貢献等のより社会的な意義を求める人も増えている。利益最優先の組織や社会のあり方に疑問を持ち、市場主義的な「株式会社」でなく「ワーカーズ・コレクティブ」「協同組合」など、NPO法人を立ち上げる組織の例もある。労働力人口に占めるNPO就業者の比率は、日本は先進各国に比較して低い水準にあるが、昨今の経済環境や高齢化社会の進展等を考えると、NPO的な組織や金銭的利潤のみを求めない個人の働き方は、もっと注目を浴びても良いのではないかと思えてならない。

例えば、今後、日本で需要増が見込まれる介護、家事・育児、福祉などの生活関連サービスをNPO組織で支えていくことは十分に考えられる。こうした労働に対して、市場主義のみに基づいて安価な労働力を求め続ければ、出稼ぎ労働者を受け入れる、徹底的な機械化・合理化を進めるといった選択しかできなくなるかもしれない。それだけではなく、こうした労働に社会貢献的な意義を見出し、それを社会全体として認め、その位置付けに見合った報酬を払える組織を多く作れないか。企業は様々な働き方を受け入れられる正社員の雇用ポートフォリオを指向できないか。報酬が低くても、安心してある程度の生活ができる社会基盤があれば、そういった働き方が広まっていく可能性もあるのではないだろうか。

近年、格差社会の到来が叫ばれているが、思えば戦前の日本にも経済格差は存在していた。しかし、その中でも、江戸の町人文化や職人文化の系譜を引く、職業文化の厚みはあったように思われる・・・たとえ江戸っ子は宵越しの銭は持たなくても。格差社会における労働市場の問題は、経済格差、外国人労働者受入れ、高齢化社会など大きな課題が入り組んだ難しい問題だが、「一億総中流」を実現できた日本ならではの労働市場が作れないものだろうかと思ってしまった。今後も考え続けていきたいと思う。


参考文献:
JILPT「諸外国における高度人材を中心とした外国人労働者受入れ政策」2013年
橋本健二「『格差』の戦後史―階級社会 日本の履歴書」2009年 河出書房新社



西 珠海(にし たまみ)
株式会社HRアドバンテージ シニアコンサルタント

▪株式会社三和総合研究所(現:三菱UFJリサーチ&コンサルティング)、アンダーセン・コンサルティング(現:アクセンチュア)、マーサージャパン株式会社、外資系事業会社を経て現職。
▪日系企業/外資系企業の組織・人事制度改革、各種制度導入支援、各種データ分析業務の経験多数。
▪早稲田大学第一文学部(社会学専修)卒。プリマス大学院 社会調査修士号取得、ロンドン経済大学院(LSE) 労働経済修士号取得。



プロフィール

写真:南雲 道朋(なぐも・みちとも)
株式会社HRアドバンテージ取締役
南雲 道朋(なぐも・みちとも)

株式会社HRアドバンテージ取締役。富士通でシステム開発企画、マーサージャパン等の外資系コンサルティング会社で業務改革/マネジメント改革/組織改革/人材開発を横断するプロジェクトの企画・推進を行ってきた。分野を横断するシステム思考の実践を基本姿勢とし、近年は人と組織のデータ活用の仕事に注力している。著書に、『多元的ネットワーク社会の組織と人事』(ファーストプレス)、『チームを活性化し人材を育てる360度フィードバック』(共著、日本経済新聞社)、『図解戦略人材マネジメント』、『実践Q&A戦略人材マネジメント』(以上共著、東洋経済新報社)がある。

サービスに関するお問い合わせ・ご相談はこちらまで

お問い合わせ

人事に関する情報が満載メールマガジン配信中

メールマガジン登録